Sunday, October 17, 2010

ソシオロジー ふたたび?

 郊外白人(Suburban white)が多かった前回の私立大学に比べ圧倒的にカラードの子が多く、ちょっとずんぐりむっくりな生徒達も多い気もする?このシティカレッジで秋学期を受講している(この街でまた、ソシオロジーのクラスを受けられる幸運もふたたび?)
 
 しかも今回のティーチャーはオバマと同じような混血の、クール&ビューティフルなアフリカン・アメリカン女性(前回のティーチャーと同じ私立大の同僚…)

 夜間クラスの生徒の半分くらいは昼間働きつつ通学している社会人。社会に対して色々な思いやオピニオンをもっているからディスカッションも毎回過熱気味でおもしろい。
 前回の人種問題のクラス同様、今回の概論のクラスにもRaceやMinorityのイッシューがはいっているが、この問題は外国人ならずとも皆にとって身近なのだ(古い街シカゴは米国でもっとも人種セグリゲーションが酷い街のひとつで、ソシオロジカル・エクスペリメントの地なのだとか)

 ティーチャーもアフリカンアメリカンだから当然、Racial Discriminationへの憤慨感が強く、“私たちは、もうそのお互いのRaceがどうの、とかいうのをやめようじゃないか”…とかいう。
    …じぶんはホワイトに見られるけれどホワイトではない、というラティーノの女子学生は、兄弟のうち一人の肌の色はもっとダーク、もう一人は髪もブロンドでみな各々肌の色が違うのだ、という。背が高く彫りの深いロマーノ系のスペイン人風?男子学生いわく、“兄弟はみな北欧人のよう。じぶんだけが黒髪、黒い目で生まれた…”。他の生徒が彼に“Bless you!"と言う…

 ディスカッションの合間にティーチャーがこれまでに見せたVIDEOも予想以上に強烈なセレクション、

 例えばオハイオ州コロンバスの小さな街xxxxが舞台のドキュメンタリー、「Flag War」…街でモスリムのコミュニティ・ギャラリーを勝手に運営する黒人男性と、独り者で肝臓病を病む黒人女性、団体で越してくるゲイ・グループがコミュニティの偏見で訴訟を起こされジェントリフィケーションの過酷な嵐の中で棲処を追われかける…助ける者もない黒人女性はドキュメンタリーの最後の方で亡くなる(主を失った家は直ちに市に接収される)が、ゲイグループは男性多勢の勢いで居すわる。すっかり米国が嫌いになる生々しい記録(PBSで近頃放映されたらしいのだが)

「Blue Eyed」というFILMは女性大学教授が、Sociologyの有償インタビューに気軽に協力してくれた白人たちを瞳の色等でグループ分けして別々の部屋に隔離し(赤ん坊のヨダレかけのようなものまでかけて)、鋭い言葉で容赦なく追いつめて行く…。フィジカルな特徴で一生、人種差別を受ける有色人種の日常感覚を実体験させ(泣いてしまう人もいる、)ちょっと過激な実験のビデオ… 
(その女性教授が、70年代に小学校教師だった時に12歳のこどもたちにまったく同じ実験をしたというフィルムも流れる。大人になった当時の教え子たちは、恩師に感動の再会をしてあの実験のことは強く印象に残っている、などと口々にいう)

  手のこんだ社会構造が貧困層を固定化させている、という…ティーチャーの社会階層問題の説明も熱がはいっている─

 クラスメートのポーランド系の女の子は、われわれの感ずるのと同じく、アメリカに来た当初はハリウッド映画の豊かなイメージだけを抱いていた先進国の街中にホームレスや物乞いが溢れているのに面食らったとか。彼女は、この発言をしたときBeggar(物ごい、乞食)というダイレクトな言葉をつかったが、その発言にコメントするティーチャーやクラスメイトたちは何故か、その言葉をけっしてくり返さない(どこかで見たことのある風景?)

 …そこで授業の後でアメリカ人はBeggarという言葉を避けているのか?と、ついにティーチャーに質問してみた(幾度かこうした授業があって、そんな気もしていた)その手のことを授業で外国人学生が口にしたとき、他のアメリカン人クラスメイトたちの間に妙にシーンとした感じ?が広がるのもこれで3度目位だったし、

 「…もしかして、アメリカでは物乞いをする人のことを、Beggarとは呼ばないのか?グローサリーストアのドアの前で、スペア・チェンジ~”とかいってお金をねだる人のことも、先日読んだアサインメントでもPanhandlerとか呼んでいるではないか?…CTAの車内アナウンスでも、"Solicitors..., Gamblers..are prohibited in CTAtrain.." とかいっているけれど?Solicitorsって主にBeggarのことなのでは…?」

 誰もが聞き飽きている市営電車のアナウンスの話をしたら、彼女はついに微妙に笑いそうになりこう教えてくれた、「われわれアメリカ人は、ホームレスという言葉は客観的に彼らの状況を表わす言い方だし、非難めいた意味がないから使うけれど、Beggarという言葉は彼らの置かれた社会状況や避けがたい状況を理解せずに一方的に非難している言い方に聞こえる。それは不当な呼び名だと考えるから使わないのだ…」、彼女の顔には倫理観や確信にみちた表情も… 

…でも、それは貧困問題を婉曲な表現で避けているともみえる。結局彼女自身が口酸っぱく説いていた、米国の社会やマスメディアが貧困問題に目をそむけているというのと同様なのでは(この国のやたらな物乞いの多さと、何の迷いも衒いもない寄付者を目にして我われは何となく違和感も感じざるをえないし)、でもアメリカ人はBeggarという言葉は言いたくない、という…

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